アドラー課題の分離【嫌われる勇気第三夜より】

 

嫌われる勇気のほんまる、アドラー心理学の課題の分離が知りたい!

 

課題の分離とは?

・人生の悩みは、すべて対人関係である。
・これを解消するには課題の分離を知ると整理できる。
・課題の分離を使い、他者の課題は切り離してしまう。
・自分の悩み=自分の課題の中に他者の課題まで介入させないこと。
・逆も然りで、他者の課題に自分の課題として取り込まないこと。
※他者に例外はなく例え親子であっても、恋人であっても自分以外の人はすべて他者になる。
原理としては誠にシンプルなのね。

人生で起こっているよくある問題を取り上げて考えるとこうなる。
問題:子どもが引きこもってしまった。
整理:引きこもりの悩みは、子どもと「わたし=親」との対人関係が登場する。
でもこの悩みをよく切り分けて整理すると、引きこもったというのは子どもの課題。親としての「わたし」の課題は子どもが引きこもったということを、子どもの課題とすることから始まります。子どもが引きこもったということを自分の課題として引き受けないということ。

ここまで読んで納得、咀嚼できますか?
割り切れない感情が湧いてきませんか?そんなことを言われても、感情を無視したような心理学なんて受けいれできない!!!ってならないでしょうか?親子の縁まで切れてしまうようなすっぱりと切り離せないから悩むし、死ぬほど悩むんですよね。わかります。わたしも人の親ですから、そんな簡単に子どもの状況を子どもの問題っていうことで片づけれないですよね。
その感情を解決するのに、続けてこう考えます。もう少しお付き合いください!
この場合、引きこもってしまった子どもをどうにかしよう、学校に行かせよう、学校に行かないなら、通信学校に行かせよう。高検を取らせて大学にいくチャンスをつかませよう。と、次々と出てくるのは、親としての自分が安心、納得できる対処、対応ではないでしょうか?
子どもがそう望んでいるのでなければ、これは子どもの課題に介入するということなのです。
よく考えると、心配しているようでそれはただの親のエゴに過ぎなかったりします。
では、アドラーさんは、子どもの課題と親「わたし」の課題を切り離せというのだから、引きこもる子どもを見捨てなさいというのか!って思ってしまうでしょう?私はそうでした。そう思ってしまいました。
ここからを、深堀りしなければならないところになります。

課題の分離を活用して軽くなる生き方をしよう!
活用の仕方手順
①困っていること、悩んでいること、心配なことを整理する。
②悩みの対称者を明確にして、相手との間に境界線を引く。
③境界線を引いてみると、自分がするべきこと、今できることが見えてくる。
④自分ができることは何か?と考え、自分の課題に取り組んでいく。
⑤自分の課題に取り組んでいるので、相手の反応に振り回さることがなくなる。
⑥今まで相手の課題まで入りこんでいたことに気づき、軽やかな生き方ができる。

 

引きこもりの子どもと親「わたし」の課題の分離
・子どもと「わたし」の境界線はどこに引くのか。
・引きこもった子どもの親としての「わたし」の課題はなにか?
・子どもを変えることはできないと知る。
・では、今、親としての「わたし」ができることは何か?


これらのタスクには答えていけるはずです。

・子どもと「わたし」の境界線はどこに引くのか
優しい線を引く。何があっても子どもと「わたし」には切れない線があるということを改めて、引く。子どもには、切れない線があるという安心の線があると伝えておく。引きこもっても、「わたし」の子どもだという線を引く。でも、「わたし」は子どもに替わって学校に行くことはできないということを改めて線を引く。
・引きこもった子どもの親としての「わたし」の課題はなにか?
「わたし」を責めたり、子どもを責めたりしないこと。
この状況をそのまままず認めること。
この状況を受け入れること。
・子どもを変えることはできないと知る。
引きこもる子どもを変えることはできないが、自分が変わることはできる。
だからといって、子どもを変えるために自分が変わるわけではない。
・では、今、親としての「わたし」ができることは何か?
子どもの声を聴くこと。
学校での子どもの状況を把握して適切な対応をすること。
30分早く帰るようにする。
家での生活を見直すこと。
不安な子どもの心を見守ること。
と。こうなります。
子どもの引きこもりを治そうとか、子どもの課題まで親が引き受けようとするから、自分はどうしたらいいのか途方に暮れてしまうのです。引きこもっているのは、子どもであってそれは、子どもの課題なのです。
従来からの解決方法とはまったく切り口がちがうことに気づきませんか?
従来のように解決しようとすると、もう戻すことのできない過去を探り出し古傷をもう一度再生するところから始まり、ますます未来が見えない暗い空気の中に親子共々放り出されてしまいます。次は犯人捜しです。次々と自分では解決不可能な分野に踏み込み、冷静さを失ってしまいます。
課題を分離したら何もできないのでなく、分離をするからこそ具体的に行動ができるのです。分離したところから、届ける声があります。伝える思いもあります。分離したからこそ、子どもを知ることもできます。見捨てるという分離ではないことを理解します。その境界線から、しっかりと応援していいのです。

アドラーさんは言います。信じることも課題の分離だと。

どういうことでしょうか。
相手を信じることは自分の課題なのです。
人は辛いときや、苦しいとき、こういうことがずっと永遠に続いてしまうように錯覚してしまいます。自分を見失ってしまい、真っ暗なトンネルの中でうずくまってしまう時があります。諦めてはいけません。希望をもつ勇気があります。
信じるということは、引きこもる子どもがずっとこのまま引きこもると信じることもできるし、きっと、あの重いドアを子どもは開ける日がくるのだと信じることもできます。アドラーさんは、人には、これから起こることをチャンスに変えていくことができる勇気をもっていることを信じ切っているのです。
課題の分離とは、切り捨てのような単純なものではなく深く愛が流れているからこそできる高次の解決方法だということです。それでもなお、消化しがたい課題の分離なのですが、この呑み込みにくさ、矛盾を解くためにも次の共同体感覚を理解していただきたいと思います。

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