嫌われる勇気【共同体感覚 第四夜・五夜より】

嫌われる勇気より。共同体感覚とは。

この嫌われる勇気は、青年と哲人の対話形式で仕上がっているので救われる。今まであまりにもなかった思想だったし、学校や家庭、出会ってきた人にも一度も教わったことのない未知の心理学であり人生観だった。それだけに、切り口がすっぱりとしているのでどう扱っていいのか・・・と逃げたくなる。青年が、納得のいくまで哲人と論を交わしてくれていることで、わかりにくさを解消できる。
課題の分離だけでは、当然、成り立たない。
アドラーさんは、課題の分離は序章に過ぎないのだと・・・
誤解しやすいところは、課題の分離と共同体感覚の受けいれかた

 

青年の主張と疑問

課題の分離だけが一人歩きすると、人とのつながりがなくなるのではないか?
孤立した関係の社会が出来上がるのではないか?
人は人、わたしは、わたしという考えで生きて何が幸せなのか?

この疑問を凌駕するのが共同体感覚
共同体感覚があれば、課題の分離がより深く理解できる。

共同体感覚とは?

すべてがひとつであり、仲間である。
①自己受容・・・70点しか取れなかったではなく70点は取れた、さてこれから、100点を取るにはどうすればいいか?と、考えることができる。
②他者信頼・・・無条件にすべてを信じる。
※信じる=私の課題
※無条件で信じる私は裏切られるかもしれない=裏切るのは他者の課題
③他者貢献・・・誰かの役に立っている。
ここで使われるすべても、なかなかだ。存在するものすべてという、時空に限っても過去も未来も現在もすべての中に入る。

この共同体感覚を踏まえたうえでの、課題の分離は納得できるのではないか。
そして、共同体感覚の中には、当然として自分の居場所が確保される。

慣れていない価値観と常識が、拒絶反応を示さないだろうか。
そんなおとぎ話のようなみんな仲間をどこの大人が安易に受け入れることができるだろう?そんな疑問がある。私だけでなく多くの人が、この共同体感覚が相容れなくてアドラーさんの元を離れていくとあった。
この共同体感覚を、身につけるにはスピリチュアルの視座があると案外すんなりと入ってくると思う。

他者がわたしに何をしてくれるかではなく、わたしが他者に何ができるかを考え実践する

物質世界で生きていくと、もともとあった、みんなもっていたはずの愛が薄れてぼやけてしまう。大切なものを見失うというけれど、このことだと思う。
見えないものを見ようとするよりも、見えるものを手に入れていくほうが簡単で分かりやすい。愛は見えないから、ややこしくなる。

愛の中に、すっぽりと自分が存在していると思えたなら、共同体感覚の中に生きていると言えるのではないか。愛の中に生きていると信じることができたなら、自分の持つ愛を誰かのために表現したいと湧き出るのが生命力で、アドラーさんのいう他者貢献になる。

 

もっと身近な話でのアドラー心理学に近付く

私の、祖母は大正生まれで幼いころに両親を病いで亡くし親の愛を知らず、あちらこちらの親戚にあずけられ小学校にもほとんど通えないで生き抜いてきた人だ。どんな時も、今できることを一生懸命にする人で、無いこと、足りないこと、できないことなど、不平を聞いたことは一度もない。
私は、そんな祖母に優しく包まれるように生活をしてきた。93歳まで、大病を患うことなく、ほぼ亡くなるギリギリまで命を燃焼してくれた。そういう生き様を私たちに見せてくれた。今日、明日にも消えそうな息で、祖母は、ベッドそばにいる私たちを心配していた。そして、大きくなった大の大人の頭をしわしわの手でなでてくれていた。祖母の最後の仕事は、私たちの頭をなでることだった。そんな祖母が尊いと思う。

もちろん、祖母はアドラーさんを知らない。
けれども、見事に祖母の生き方はアドラー心理学の見本のような生き方をしていた。

愛されずに育った幼少期・・・トラウマにはとらわれることなく愛情深く生きた。
課題の分離ができている・・・人の悪口や、近所のうわさは聞いたことがない。
孫が、学校に行こうが、辞めようが一切口出しすることなく、祖母は毎日丁寧にご飯を作ってくれた。そして、温かいお風呂を準備してくれていた。何も聞き出さないし、私たちを変えようとはしなかった。生きているだけで私たちをリスペクトしてくれていた。
共同体感覚・・・困っている人にはいつでも手を差し伸べてきた
他者貢献・・・最後までお見舞いの人の頭をなでた。※誰かのために役に立ちたいという感情を最後までもっていた。
祖母のように何かを学んできたわけでないのに、もうすでに備わっている人がいる。
難しくはないのだ。慣れてないだけなのだ。
そんな祖母と暮らしてきて、肌感覚で伝わっていたのが、深い深い愛情しかない。アドラーさんの心理学は、愛情の方程式のようなものなのだ。難しくしてはいけない。日々の暮らしの中で、アドラー心理学が活用されなければならない。
そして、共同体感覚を理想のものとして扱ってもならない。人には、もともと備わっているものなのだから。複雑に生きてしまうと絡みあってしまって見えないのだ。

 

愛があるからこそ、課題の分離ができる。

共同体感覚は、もともと人には備わっているもの。もう一度、思い出さなければならない。
思い出す方法は、誰かのために役に立ってみることだ。
褒められるとか、認められることは、一旦、脇に置くことになる。
褒めるのも、認めるのも、相手の課題になるということだから。

こんなことから、初めてみよう。

笑顔でいる。
ありがとうという。
見かけたゴミを拾う。
そばにいる。
できないことを嘆かず、できることを丁寧にやる。
シンプルだし、難しくない。
でも、愛が広がる第一歩になる。

 

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